絵画に彫刻に建築物。フィレンツェは観たいものがあまりにも豊富過ぎます。中世から様々な文化が開花したこのフィレンツェは、職人の街でもあり、私たちが知っているルネッサンス時代の有名な画家や彫刻家のいわゆる芸術家たちも、元々は職人としてがその道の始まりでした。
“伝統工芸を支えている職人さんの作業現場を見学したい!”
そんな思いが、旅のスケジュールを考えていた時に湧いてきました。行きたい所、観たい内容の希望をいくつか出してガイドさんに連れて行っていただきました。
<モザイク工房/ PITTI MOSAICI>
オーナーの奥様(ヨーロッパナイズされた素敵な日本人マダム)が、ショールームと工房を案内してくださいました。ショールームに展示されている、目にも麗しく豪華な丸テーブルを前に
「こちら、聞いたらひっくりかえってしまうほどのお値段なので言えません…」
といきなり言われ、目を丸くする私たち。
(残念ながらその品は撮影不可 このモノクロ作品を遥かに豪華にした上品な色合いのものでした)
一体、この工房はどんな所から依頼が来て、どんな芸術品を納めているのでしょう?
工房に入ると、大きな貴石が色別にゴロゴロ。棚の引出しの中にはスライスされた石がザクザク。こうして置かれていると、ただの大きな石?
そこに、職人さんがスプレーボトルを持って現れ水をスプレーすると・・・ツヤツヤとした綺麗な色と石の持つ表情が現れます。スライスして磨けばもっと綺麗になるのが解ります。
半貴石の自然な色とテクスチャーを使って絵を描く、とでもいうのでしょうか。『Painting in Stone』と書かれています。
奥に進むと熟練職人さん二人の方が作業中。下絵に合わせて色石を選び、スライスされた石のどこを使うか決め、必要な部分を必要な形にカットし、それを組み合わせて貼り付けていく、という細かい作業を繰り返して行っています。
上:“これが草原、こっちが空に使われるんだよ”
下:空をバックにした遠景の糸杉の小さなパーツを調整中
右下の4つの細長い糸杉のパーツ、見えますか?
この小さな小さなパーツをカットするのが、なんと、ルネッサンス時代から継承されている方法で、その名も『ハンドカッティング』。弓状の針金鋸を使い、砥石の粉を付けながら切るのですが、このレトロにして繊細且つ優雅な姿に見惚れます。

こちらもお土産用の額装にする作品作りで、蜜蝋付けの作業中遠い昔から、モザイクで壁や天井や調度品を飾っていたことを思うと、石からアートを生み出すアイデアや技術がこうして大切に受け継がれて、一心不乱に製作している職人さんの姿を見ると、敬服の思いがフツフツと湧いてきます。
<彫金細工・メタル工房/Giuliano-Ricchi>
55年この仕事一筋というジュリアーノさんのメタル工房では、真鍮、銅、銀などで小物やアクセサリーを作っています。訪れると、ノスタルジックな古びた階段で地下に通されました。なんとも時代がかったというか、ルネッサンス時代もきっとこんなだったに違いない、と思われる古色蒼然とした作業場でした。
そんな中、ジュリアーノさんが喜々として次から次へと作品の説明をしてくれます。
「こうして型に真鍮の板を載せてプレスすると…
ほら、こんな風になるのをいろんな製品に使うんだよ」
「この小物たちは昔から伝わるロストワックス製法で
こんな風にクリスマスのオーナメントも
ここの作品はこうした二つの技法で作っているんだ」
これはディオールに納めた物、こちらはグッチからの依頼、これはサンタマリアノヴェッラから委託されたもの云々… 小さく可愛らしいものからフォトスタンドなど大きなものまで、本当に沢山作っています。
「1€持っていたら面白いものをお見せしましょう」
一人が1€を差し出すと何やら四角いスチール製の型に載せて、一世紀働いているというプレス機に通しました。
すると、丸いコインが楕円の形になり、しかも、フィレンツェの市章であるユリの紋章がレリーフとなって押し出されてきました。
「わ〜〜♪」
女子ですねぇ、、、記念に、私も私もと。
ジュリアーノさん、嬉しそうに結局4回もプレス機をかけることに!
1階に戻るとショップでは奥さんやお孫さんが会計や包装を手伝い、家族総出のお見送り。自分が今できることをして家族ぐるみで工房を維持していくってなんだかいいな〜。とてもアットホームで、心がほんわりと優しく温かくなる工房でした。
<銅板印刷工房/L'Ippogrifo Stampe d'arte>
次に行ったのは、繋ぎの時間にとガイドさんが予定に入れていてくれた、なんだか厳ついおじさんがやっておられる銅板印刷、エッチングの工房です。
いかにも職人さんらしい感じ。必要なことを一通りきっちりと説明した後、デモンストレーションが始まります。
あぁ、、中学の美術の時間にエッチングの作品を作ったことが思い出されます。銅板にニードルでひっかくように絵を描いて、こんな風にプリントするんだ!! と、初めての経験にとても興味を抱いたことが懐かしく思い出されます。
銅板エッチングは、ヨーロッパ各地で1500年代から印刷の始まりとして使用された技術です。銅板に正確にデザインを彫りこんで版を作るのは一番大切な作業で、失敗は許されません。
マエストロのジャンニさんは生粋のフィレンツェっ子。一流のAcademia Delle Belle Arteという美術学校を出てアーティストの道に進まれたそうです。そして、息子さんが跡継ぎとして勉強中とのこと、ジャンニさんも頼もしく思っているでしょうね。
生真面目なジャンニさんらしく、作品はサイズ別・ジャンル別に、整然と分けられ展示販売されていました。私はカラーをつけたものより、明暗のみで表現する単色のエッチングが好きで、以前は数枚部屋に飾っていたことも。エッチングの味わい深い描写を楽しむために、出してきてまた飾ろうと思ったのは言うまでもありません。
<額縁塗装、修復/レオーネ工房>
絵画につきものの額縁ですが、美術館に展示されているものの中には、あまりに豪華な額の方に目がいく、なんてことがありませんでしたか? 誰がどんな風にこんな凄い額を作るのだろう!? よく思ったものです。
レオーネさんの工房は、なんと! 世界中の名だたる美術館からの依頼で、その豪華な額縁たちを修理したり依頼されたりする工房でした。凄いです!!
そのように貴重な品を扱うからといって作業現場が仰々しいという様子は微塵もなく、レオーネさんの娘さん二人が楽しそうに朗らかに仕事をしていました。こちらがびっくりするほどのフランクさと底抜けの明るさです。これがイタリアン!? でも、作業中のまなざしは真剣です。
金箔を少しずつ貼っていく作業は見ている方が緊張します長女のシモ-ナさんと次女のヴァレンティーナさんが父親の仕事を受け継ぐことに喜びを感じているのが真っ直ぐに伝わってきます。
父である『レオーネさん』の呼び名は実はニックネーム。若い頃はふさふさとした金髪でまるで雄ライオンのよう、と皆がレオーネと呼んで、工房の名にも使用したそうです。このレオーネさん、この道63年…
奥にも作業場があり、レオーネさんはそこで作業をしていましたが、金庫から額を取り出し、明日にも納めるというとても貴重な額を“内緒だよ”と言って見せてくださいました。つつましいながらも自信と誇りと喜びでいっぱい、といったお顔でした。
熱烈歓迎と言うけれど、長時間に渡って額の修理現場を説明してくれた姉妹の見送りも熱烈そのもの。
記念にと額の中に収めてくれたり
額に入ってパチリ、わいわいと一緒にパチリで楽しい♪ハグ&両頬にキス!のイタリア式挨拶をしたり。
『来てくれて楽しかったわ、ありがとう♪』
『またいつでも来てね!』
形式的ではない、アチチというくらいの熱量が伝わってくる別れの挨拶に感動(どこに感動しているんだか…?) 素敵なおもてなしでした。
<革小物工房/Il Bussetto>
16歳の時から革工房に弟子入りしたというジュゼッペ・ファナーラさんは、阪急百貨店梅田本店で開催される"イタリアフェア"に何度もいらしているそうです。
イタリアに古くから伝わる縫い目のない革の加工技法で、『イル ブッセット』というブランドを立ち上げています。イタリアでなめされた上質な革を使い、一つ一つ丁寧にハンドメイドされた馬蹄形の小銭入れは知る人も多いことでしょう。
自ら工房を持って30年。息子さんが伝統的な職人仕事を未来へ継承するべく、父親の仕事を手伝いながら修行を重ねているとか。
製品がなくなってきたら一つのアイテムをまとめて作るそうで、馬蹄形の小銭入れを製作中でした。ということで、ショーケースにこの小銭入れは一色が僅かにあるだけで、
「好きな色がなくてごめん! 今作っているこれは、色を塗って乾かして、出来上がるのは明後日だね」
友人はご主人の還暦祝いにと、メガネケースに刻印を入れて貰っていました。素晴らしいプレゼントゲット、いいですね〜
☆ ☆ ☆
フィレンツェには何世紀も変わらずに続けている工房も、近年なって立ち上げた工房も、実に様々なものがあります。
日本の伝統工芸もそうですが、引き継ぎ手の不足、職人の高齢化という現実は、このフィレンツェでも同じです。後継者がいなくて工房を閉じてしまう。実際、希望を出した額彫り職人さんの工房が3年前に閉じてしまっていて見学叶わず、ということも。
ガイドさんが他の額彫り工房を見つけてくれました。
「忙しいからちょっと見るだけなら」
とOKしてくれた工房があったのですが、相当お忙しい時期だったようです。
残念ながら工房に入ることはできませんでした。でも、外から見たその様子にはもの凄く心惹かれるものがあり・・・
お店の外から撮影だけ。
どの工房でも、マエストロの腕と技で美しいものが丁寧に時間をかけて作られ、デジタルとは全く無縁の光景、昔ながらの作業環境、道具、手法。それらを長く大切にしてきた様子がとてもよく伝わってきて、強く印象に残る工房巡りでした。
訪ねてみたいところはまだまだあるのです。絹織物や刺繍やレースや家具作り・・・ いつかまた行けますように!