--毎日がSpecial♪♪-- Everyday is the Special Day

moonlight7.exblog.jp ブログトップ | ログイン

東国三社巡り-その3 《香取神宮》

東国三社巡り-その3 《香取神宮》_d0133320_15564190.jpeg
今月初めのバスツアーでの東国三社巡り、最後に行ったのは香取神宮です。このゆったりと構えて力強く美しい存在感溢れる社殿に心奪われました。

☆   ☆   ☆

バスから降りると参道がちょっとした商店街になっていて、昭和ムード感を味わいました。大きな赤い二の鳥居を過ぎてからは、深い鎮守の森の風情に変わります。
東国三社巡り-その3 《香取神宮》_d0133320_15292350.jpg
ここから香取神宮の森の中へ
東国三社巡り-その3 《香取神宮》_d0133320_15293272.jpg
参道の両脇の石燈籠には鹿が描かれている物が多数

神池や総門、狛犬、楼門と、立派で神威が降り注いでいるのを感じるものばかりです。
東国三社巡り-その3 《香取神宮》_d0133320_15294579.jpg
「あなたが落としたのは金の斧ですか?銀の斧ですか?」  
と問う精霊が出てきそうな雰囲気の神池です

東国三社巡り-その3 《香取神宮》_d0133320_15300996.jpg
三の鳥居と総門が見えてきました

東国三社巡り-その3 《香取神宮》_d0133320_15301755.jpg
楼門の扁額の揮毫は鹿島神宮のものと同じく東郷平八郎

香取神宮は日本全国に約400社ある香取神社の総本社で、日本書紀の「国譲り神話」に登場する経津主大神(ふつぬしのおおかみ)が御祭神です。古事記では、香取神宮の御祭神である武甕槌大神の別名として記され、同一神としています。
古事記では一柱で国譲りの交渉、日本書紀では二柱で交渉し主に経津主大神が活躍した、ということになっています。
東国三社巡り-その3 《香取神宮》_d0133320_15290544.jpg
拝殿周辺は厳かな気に満ちています

出雲の国に天降って大国主命と話し合い、大国主の国譲りの交渉を成就し、日本の建国に挺身された。ということで、古くから国家鎮護の神として皇室からの御崇敬が最も篤く、特に『神宮』の称号を明治以前から持っていたのは伊勢・香取・鹿島の三社だったとのことです。鹿島神宮の武甕槌大神も香取神宮の経津主大神も、共に剣神、武神、軍神という神格を持っています。

古くから今に至るまで、武道分野からの信仰が篤い神社だそうで、この日、ツアーバスでご一緒だった若く体格の良い男性が、お一人でご祈祷を受けておられましたが、もしかしたら何かの試合の『必勝祈願』でしょうか? スポーツ大会・試合の勝利を願う多くの参拝者がおられるそうです。
東国三社巡り-その3 《香取神宮》_d0133320_15303042.jpg
拝殿後方の社殿は透塀の屋根の工事中でした

こちらでも横詣りしようと裏手に回り込んでみると、『トントントン トントン・・・』まるで太鼓の練習でもしているような音が聞こえてきました。
見上げると、拝殿の後方は全て工事中の幕がかかっていて、この日はどうやら透塀の屋根の檜皮葺工事。うっすら透けて工事の様子が見え、思わぬ檜皮葺き見学が出来ました。一枚ずつ、少しずつずらしながら重ねていく工法で、あのなんとも言えない綺麗なカーブが出せるのですね。
東国三社巡り-その3 《香取神宮》_d0133320_15304159.jpg
拝殿の基本は黒漆塗り・組み物に極彩色の装飾・屋根は檜皮葺。というこの建築的にも美しく力強く存在感溢れる佇まいに魅せられた私、珍しく記念撮影をパチリ… 
巫女さんまで映り込んで、なんとも良き記念撮影になりました。

そろそろバスに戻る時間が近づいてきました。ちょっと急ぎつつのバスまでの途中に、奥宮と、この地出身で剣聖と言われている、天真正伝神道流(神道流)の武術の祖 飯篠長威斎のお墓に寄ります。
東国三社巡り-その3 《香取神宮》_d0133320_15305143.jpg
飯篠長威斎のお墓
東国三社巡り-その3 《香取神宮》_d0133320_15311155.jpg
経津主大神の荒魂が祀られる奥宮は伊勢神宮御遷宮の折の古材に依るもの

東国三社巡り-その3 《香取神宮》_d0133320_16513732.jpg
急な下り坂を下りてゆき香取神宮ともお別れです

竹林に囲まれた奥宮の清々しさ、バスまでの路の素朴な風景、雨上がりの緑と爽やかで澄んだ空気。しばらく触れていなかった、体中が喜ぶ感覚を覚えます。長いマスク生活に息苦しい思いをしている日々でしたが、思わず少しの間マスクを外して、胸一杯に綺麗で美味しい空気を吸い込んでから帰路につきました。

# by moonlight_ts | 2021-07-12 18:50 | 旅あちこち

東国三社巡り-その2 《息栖神社》

鹿島神宮を後にして向かった先は息栖神社です。
東国三社巡り-その2 《息栖神社》_d0133320_23141381.jpg
東国三社巡り-その2 《息栖神社》_d0133320_22104795.jpg
こちらの主祭神は、古事記で登場する名は“衝立船戸神(つきたつふなとのかみ)”、日本書紀では別名の“久那斗神(くなどのかみ)”です。また、相殿神として“天乃鳥船神”“住吉三神”がおられます。

「船戸」は「船門」で港、港は交通の要衝として人の出入りが頻繁です。そのため“フナト(クナト)”は邪悪なものの侵入を防ぐ道の神という説があります。また、神話では国譲りの際に、鹿島神宮の武甕槌大神と香取神宮の経津主大神を東国へと先導した神です。

 “衝立船戸神”は 厄除と陸の交通守護
 “天乃鳥船神”は 空の交通守護
 “住吉三神”は  海の交通守護
という、それぞれのご神徳があるそうです。
大きな旅に出る前などに参拝されると良いのではないでしょうか。

境内には、ここでも夏越の大祓の茅の輪が残されています。6月30日が終わったら片付けてしまうというわけでもないようですね。
東国三社巡り-その2 《息栖神社》_d0133320_23072939.jpg
添乗員さんとは顔馴染みという宮司さんがいらして、境内の説明をしてくださいました。なんでもこちらには7つのパワースポットがある、と力説しておられました。

その七つとは・・・
御本殿、御神木、招霊(オガタマ)の木、梛(ナギ)の木、御衣黄桜、稲荷神社、忍潮井の男甕・女甕
になります。
東国三社巡り-その2 《息栖神社》_d0133320_22131967.jpeg
御本殿は、鹿島神宮や香取神宮のように大きくはなく控え目です

東国三社巡り-その2 《息栖神社》_d0133320_22154015.jpg
御神木は樹齢1000年ほどの夫婦杉

東国三社巡り-その2 《息栖神社》_d0133320_22241258.jpg
左上:招霊の木は、5月頃に小さく可憐な花を咲かせるそうです
右上:梛の木はナギが海の凪に通じることから、穏やかに全てが円満に収まるお守り
下:御衣黄は咲き始めは淡い緑色がかった珍しい桜

稲荷神社は、宮司さんのお話が伸びて集合時間が迫って時間が無くなり、それより忍潮井へと・・・泣く泣く手前で拝礼のみとなりました。

一の鳥居は境内に向かう二の鳥居からは100mほど反対の、利根川の支流・常陸利根川沿いにあって、江戸時代の水運の拠点、鳥居の先は舟溜まりになっています。その一の鳥居の左右には大小の鳥居が立ち、その元にはそれぞれ井戸があります。
東国三社巡り-その2 《息栖神社》_d0133320_23173876.jpg
東国三社巡り-その2 《息栖神社》_d0133320_23301257.jpg
それぞれの井戸の底には “男甕” “女甕” があり、その甕からは真水が湧き出ているのです。その湧き出る水が“忍潮井”と呼ばれるもので、日本三霊泉と言われています。甕は両方とも1000年以上も清水を湧き出し続けてきたのだそうで、水が澄んで甕を見ることが出来れば幸運が訪れると言われているそうですよ。

因みに、今回私たちはちゃんと見ることができたので幸いが訪れるのを楽しみに^^
こちらでは時間があまり無く、それほど広くはない境内だというのに、なんだかバタバタせわしない<見学のみ>となった感があり、そこがちょっと残念でした。

ですが、古くから伝わってきたものや行事や謂われを、日々大切に守り繋ぎながら粛々と暮らしている日本の良さを感じることができるのはとてもありがたいもの。自分の暮らしぶりやいろいろなものを見る視点を見返してみる良い時間にもなりました。

# by moonlight_ts | 2021-07-04 12:00 | 旅あちこち

東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》

今年後半初日の7月1日、天気予報はなんとも憂鬱なものでした。集合時間より1時間近く早くに東京駅に着くと、雨のせいもあって薄暗い丸の内界隈に誰も人がいません。こんな東京駅は初めて見ました。
東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》_d0133320_16360709.jpeg
早朝から開いている新丸ビルのカフェで軽食を摂り表に出てみると、鮮やかな深いブルーの綺麗な大型バスが到着しており、記入した健康チェックシートを提出・検温・アルコール手消毒の後、乗り込みます。
東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》_d0133320_16361930.jpg
出発予定時刻ぴったりに東京駅を後にし、いざ、鹿島神宮へ。途中、バスはとても快調に進み今日の行程がスムースに進んでゆく予感がします。10時きっかりにバスは鹿島神宮の駐車場に入りました。

本日一つ目の神社参拝の始まりです。

☆   ☆   ☆

鹿島神宮の御祭神である“武甕槌大神”は、大国主命の国譲りの際に交渉のため高天原から天降る神様です。その交渉は成立し、武甕槌大神は日本の建国に挺身され、後に、源頼朝や徳川家康などの武将の尊崇を集め、武神として仰がれるようになります。

現在でも宮中の四方拝で遥拝されるうちの一社で、その昔から、日本の日出ずる最初の場所として重要視された場所でした。

バスを降りて鹿島神宮の鳥居をくぐったまさにその時、月次祭が始まる雅楽の調べに迎えられました。
東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》_d0133320_12510827.jpg
東日本大震災で御影石の大鳥居は倒壊しましたが
境内に自生する杉の巨木を使用して平成26年6月1日に再建されました

東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》_d0133320_12533991.jpg
鹿島神宮楼門は日本三大楼門の一つ
東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》_d0133320_13192279.jpg
(左)鹿島神宮扁額・(右)香取神宮扁額
楼門の扁額の揮毫はどちらも東郷平八郎によるもの。鹿島神宮に天皇陛下が御参拝されることになった時、楼門をくぐる際に陛下を上から見下ろすのは…? と、文字を自ら消したのだそうです。
香取神宮の扁額には左に小さく書かれた名が残っていますが、鹿島神宮のものは消されています。
立派な楼門をくぐり進んでゆくと、夏越の大祓の茅の輪が残されていました。「7月の朔日詣りがここでできる」と嬉しい想いでいるところに加えて、一日遅れの大祓までできてしまい、なんとも心地よく幸先のよい出だしです。
東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》_d0133320_12534793.jpeg
東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》_d0133320_12540514.jpg
右手に社殿が見えてきて拝殿前にてお詣りです。社殿は徳川2代将軍秀忠公による寄進で、重要文化財に指定されています。人が少なく、厳かな空気の中で心静かにお詣りすることができました。
東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》_d0133320_12541140.jpeg
高さ約43m・樹齢1300年の御神木が拝殿の屋根越しに見えますが、こちらの御神木に触るどころか間近にすることはできません。本殿を出来るだけ近くで拝見したくて横に回って傍に行ってみます。こうして横から近づきお詣りすることを“横詣り”と言うのだそうです。
東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》_d0133320_14033715.jpg
本殿後方に御神木が聳え立ち、この本殿に御祭神の武甕槌大神がお祀りされています
神社建築の象徴の一つである千木は美しくてかなり好きです
千木は本来は「神の力が宿った木」という意味を持ちます

ずっと奥にある奥宮は現在“令和の大改修”の工事中のため、本殿前の仮殿に神様が移されていてこちらでも儀式が行われていました。神職の一挙手一投足に目を向けていると心洗われ、気持ちも引き締まると共に安らかになってゆきます。
東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》_d0133320_12535701.jpg

鹿島神宮の境内の広さは東京ドーム15個分だそうで、その広大な森は“樹叢”と言われる、植生によらない自生した樹木が密生しています。樹木の種類が600種以上も有り、茨城県指定の天然記念物とのことです。ここからはそんな森を左右に見ながら進んでゆきました。
東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》_d0133320_14281108.jpg
その昔、参拝するには現在とは反対側から入ってきて
一般人はこの入口の向こう側からしか参拝できなかったそうです
(そこからでは実は拝殿本殿を正面に見てお詣りすることが出来ません)
東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》_d0133320_14345070.jpeg
奥参道に足を踏み入れると、目に映る緑は織りなす光の輝きにあふれ、雨に濡れた木々からは清々しくも濃密な香りが立ち、しっとり落ち着いた美しさが心地よい。苔むした深い森の息吹は遙か昔の面影さえ感じさせてくれるようでした。

樹が雨を受け止めてくれるのか、さほど雨が降っている感もなく、このお天気の中で広大な境内を歩くのも苦にはなりません。むしろ雫に濡れた神社は神秘性が増し、幽玄の世界が顕れたかのようで、この日に来られて良かったとさえ思えました。
東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》_d0133320_14282626.jpg
東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》_d0133320_14281808.jpg
ここは流鏑馬神事が行われもするので、300mほど真っ直ぐに続く路です。
東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》_d0133320_16033123.jpg
真っ直ぐに続く路の途中に鹿園があります。
鹿と言えば奈良、奈良と言えば鹿、と言われるほど奈良公園や春日大社の鹿は有名です。ですがその鹿は、武甕槌大神が召喚されて分け御霊をお乗せし、この鹿島神宮から奈良の春日大社へ行ったということで、奈良の鹿のルーツは鹿島神宮だという言い伝えがあるのは、多くの方がご存知かと思います。

古くから神の使者ということで奈良でも大事にされていますが、こちらの鹿たちはフェンスの中でした。雨の中、最初はみな鹿舎の中にいましたが、小雨になってくると一頭、二頭・・・あとはザザーッと走り出てきて何かついばみはじめました。子鹿が丘の上に登り、後になって降りて来れずに右往左往しているのがなんだか可愛くて頬が緩みます。

奥宮をお詣りした後、更に進むと右に左に路が分かれ、奥へ奥へ一歩足を進めるほどに、入口に“天然記念物 鹿島神宮樹叢”とあったことに心から頷くことができました。
東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》_d0133320_14374526.jpg
東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》_d0133320_15312245.jpg
この石碑は御祭神である“武甕槌大神”。この地で地震を起こし悪さをする巨大鯰の頭を押さえつけている様子です。地中深くにいる巨大鯰の頭を鹿島神宮の武甕槌神が、尻尾を香取神宮の経津主大神が押さえつけ、人々が恐れる地震を鎮めた…との謂われがあり、その地中深くに石が差し込まれているのがこちらの“要石”ということです。
東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》_d0133320_15331843.jpg
地表に出ているのはほんの少しですが、水戸光圀公が参拝の折に、七日七晩かけて掘らせても根本まで行きつかず掘るのを諦めたとか。どこまで大きいのでしょう・・・

現在の参道入口から反対側の一番奥には「御手洗池(みたらしいけ)」という、一日400㌔㍑以上の水が湧き出す池があります。その昔は、訪れた人々は現在とは反対のこちら側から入り、御手洗池で禊をしてから現在の奥参道を進み、参拝したそうです。
東国三社巡り-その1 《鹿島神宮》_d0133320_16121426.jpg
今でもお正月には200人もの人々が大寒禊を行うのだそうです。そして、この水の中に入ると、大人も子どもも水面は胸の高さを超えないという不思議がある池なのだと伺いました。鳥居に重たげな樹がおおいかぶさって、なんだか厳かな雰囲気が漂います。

鹿島神宮は、どこまでもどこまでも深遠で独特な世界観に吸い込まれてゆく感じです。一年以上に渡るお籠もり生活で固まってしまった身と心とが、そんな空気の中でほどけてゆき、ただただ喜びを感じることが出来るとても良い時間を過ごすことができました。

# by moonlight_ts | 2021-07-02 22:00 | 旅あちこち

4日目午後 工房巡りの半日

絵画に彫刻に建築物。フィレンツェは観たいものがあまりにも豊富過ぎます。中世から様々な文化が開花したこのフィレンツェは、職人の街でもあり、私たちが知っているルネッサンス時代の有名な画家や彫刻家のいわゆる芸術家たちも、元々は職人としてがその道の始まりでした。

“伝統工芸を支えている職人さんの作業現場を見学したい!”
そんな思いが、旅のスケジュールを考えていた時に湧いてきました。行きたい所、観たい内容の希望をいくつか出してガイドさんに連れて行っていただきました。


<モザイク工房/ PITTI MOSAICI>

オーナーの奥様(ヨーロッパナイズされた素敵な日本人マダム)が、ショールームと工房を案内してくださいました。ショールームに展示されている、目にも麗しく豪華な丸テーブルを前に
「こちら、聞いたらひっくりかえってしまうほどのお値段なので言えません…」
といきなり言われ、目を丸くする私たち。
4日目午後 工房巡りの半日_d0133320_12383890.jpg
(残念ながらその品は撮影不可 このモノクロ作品を遥かに豪華にした上品な色合いのものでした)

一体、この工房はどんな所から依頼が来て、どんな芸術品を納めているのでしょう? 
工房に入ると、大きな貴石が色別にゴロゴロ。棚の引出しの中にはスライスされた石がザクザク。こうして置かれていると、ただの大きな石?
4日目午後 工房巡りの半日_d0133320_00514392.jpg
そこに、職人さんがスプレーボトルを持って現れ水をスプレーすると・・・ツヤツヤとした綺麗な色と石の持つ表情が現れます。スライスして磨けばもっと綺麗になるのが解ります。

半貴石の自然な色とテクスチャーを使って絵を描く、とでもいうのでしょうか。『Painting in Stone』と書かれています。

奥に進むと熟練職人さん二人の方が作業中。下絵に合わせて色石を選び、スライスされた石のどこを使うか決め、必要な部分を必要な形にカットし、それを組み合わせて貼り付けていく、という細かい作業を繰り返して行っています。
4日目午後 工房巡りの半日_d0133320_23094458.jpg
上:“これが草原、こっちが空に使われるんだよ”
下:空をバックにした遠景の糸杉の小さなパーツを調整中
右下の4つの細長い糸杉のパーツ、見えますか?

この小さな小さなパーツをカットするのが、なんと、ルネッサンス時代から継承されている方法で、その名も『ハンドカッティング』。弓状の針金鋸を使い、砥石の粉を付けながら切るのですが、このレトロにして繊細且つ優雅な姿に見惚れます。
4日目午後 工房巡りの半日_d0133320_01132496.jpg
4日目午後 工房巡りの半日_d0133320_21594749.jpg
こちらもお土産用の額装にする作品作りで、蜜蝋付けの作業中

遠い昔から、モザイクで壁や天井や調度品を飾っていたことを思うと、石からアートを生み出すアイデアや技術がこうして大切に受け継がれて、一心不乱に製作している職人さんの姿を見ると、敬服の思いがフツフツと湧いてきます。


<彫金細工・メタル工房/Giuliano-Ricchi>

55年この仕事一筋というジュリアーノさんのメタル工房では、真鍮、銅、銀などで小物やアクセサリーを作っています。訪れると、ノスタルジックな古びた階段で地下に通されました。なんとも時代がかったというか、ルネッサンス時代もきっとこんなだったに違いない、と思われる古色蒼然とした作業場でした。

そんな中、ジュリアーノさんが喜々として次から次へと作品の説明をしてくれます。
「こうして型に真鍮の板を載せてプレスすると…
 ほら、こんな風になるのをいろんな製品に使うんだよ」
4日目午後 工房巡りの半日_d0133320_23112776.jpg
「この小物たちは昔から伝わるロストワックス製法で
 こんな風にクリスマスのオーナメントも
 ここの作品はこうした二つの技法で作っているんだ」
4日目午後 工房巡りの半日_d0133320_23215557.jpg
これはディオールに納めた物、こちらはグッチからの依頼、これはサンタマリアノヴェッラから委託されたもの云々… 小さく可愛らしいものからフォトスタンドなど大きなものまで、本当に沢山作っています。

「1€持っていたら面白いものをお見せしましょう」
一人が1€を差し出すと何やら四角いスチール製の型に載せて、一世紀働いているというプレス機に通しました。
すると、丸いコインが楕円の形になり、しかも、フィレンツェの市章であるユリの紋章がレリーフとなって押し出されてきました。
「わ〜〜♪」
女子ですねぇ、、、記念に、私も私もと。
ジュリアーノさん、嬉しそうに結局4回もプレス機をかけることに!

1階に戻るとショップでは奥さんやお孫さんが会計や包装を手伝い、家族総出のお見送り。自分が今できることをして家族ぐるみで工房を維持していくってなんだかいいな〜。とてもアットホームで、心がほんわりと優しく温かくなる工房でした。


<銅板印刷工房/L'Ippogrifo Stampe d'arte>

次に行ったのは、繋ぎの時間にとガイドさんが予定に入れていてくれた、なんだか厳ついおじさんがやっておられる銅板印刷、エッチングの工房です。

いかにも職人さんらしい感じ。必要なことを一通りきっちりと説明した後、デモンストレーションが始まります。
4日目午後 工房巡りの半日_d0133320_08441655.jpg
あぁ、、中学の美術の時間にエッチングの作品を作ったことが思い出されます。銅板にニードルでひっかくように絵を描いて、こんな風にプリントするんだ!! と、初めての経験にとても興味を抱いたことが懐かしく思い出されます。

銅板エッチングは、ヨーロッパ各地で1500年代から印刷の始まりとして使用された技術です。銅板に正確にデザインを彫りこんで版を作るのは一番大切な作業で、失敗は許されません。
4日目午後 工房巡りの半日_d0133320_23435190.jpg
マエストロのジャンニさんは生粋のフィレンツェっ子。一流のAcademia Delle Belle Arteという美術学校を出てアーティストの道に進まれたそうです。そして、息子さんが跡継ぎとして勉強中とのこと、ジャンニさんも頼もしく思っているでしょうね。

生真面目なジャンニさんらしく、作品はサイズ別・ジャンル別に、整然と分けられ展示販売されていました。私はカラーをつけたものより、明暗のみで表現する単色のエッチングが好きで、以前は数枚部屋に飾っていたことも。エッチングの味わい深い描写を楽しむために、出してきてまた飾ろうと思ったのは言うまでもありません。


<額縁塗装、修復/レオーネ工房>

絵画につきものの額縁ですが、美術館に展示されているものの中には、あまりに豪華な額の方に目がいく、なんてことがありませんでしたか? 誰がどんな風にこんな凄い額を作るのだろう!? よく思ったものです。
4日目午後 工房巡りの半日_d0133320_09003349.jpg
レオーネさんの工房は、なんと! 世界中の名だたる美術館からの依頼で、その豪華な額縁たちを修理したり依頼されたりする工房でした。凄いです!!

そのように貴重な品を扱うからといって作業現場が仰々しいという様子は微塵もなく、レオーネさんの娘さん二人が楽しそうに朗らかに仕事をしていました。こちらがびっくりするほどのフランクさと底抜けの明るさです。これがイタリアン!? でも、作業中のまなざしは真剣です。
4日目午後 工房巡りの半日_d0133320_09360413.jpg
金箔を少しずつ貼っていく作業は見ている方が緊張します

長女のシモ-ナさんと次女のヴァレンティーナさんが父親の仕事を受け継ぐことに喜びを感じているのが真っ直ぐに伝わってきます。

父である『レオーネさん』の呼び名は実はニックネーム。若い頃はふさふさとした金髪でまるで雄ライオンのよう、と皆がレオーネと呼んで、工房の名にも使用したそうです。このレオーネさん、この道63年… 
4日目午後 工房巡りの半日_d0133320_09502297.jpg
奥にも作業場があり、レオーネさんはそこで作業をしていましたが、金庫から額を取り出し、明日にも納めるというとても貴重な額を“内緒だよ”と言って見せてくださいました。つつましいながらも自信と誇りと喜びでいっぱい、といったお顔でした。

熱烈歓迎と言うけれど、長時間に渡って額の修理現場を説明してくれた姉妹の見送りも熱烈そのもの。
記念にと額の中に収めてくれたり
4日目午後 工房巡りの半日_d0133320_10051089.jpg
額に入ってパチリ、わいわいと一緒にパチリで楽しい♪

ハグ&両頬にキス!のイタリア式挨拶をしたり。
『来てくれて楽しかったわ、ありがとう♪』
『またいつでも来てね!』
形式的ではない、アチチというくらいの熱量が伝わってくる別れの挨拶に感動(どこに感動しているんだか…?) 素敵なおもてなしでした。


<革小物工房/Il Bussetto>

16歳の時から革工房に弟子入りしたというジュゼッペ・ファナーラさんは、阪急百貨店梅田本店で開催される"イタリアフェア"に何度もいらしているそうです。

イタリアに古くから伝わる縫い目のない革の加工技法で、『イル ブッセット』というブランドを立ち上げています。イタリアでなめされた上質な革を使い、一つ一つ丁寧にハンドメイドされた馬蹄形の小銭入れは知る人も多いことでしょう。
4日目午後 工房巡りの半日_d0133320_21241491.jpg
自ら工房を持って30年。息子さんが伝統的な職人仕事を未来へ継承するべく、父親の仕事を手伝いながら修行を重ねているとか。

製品がなくなってきたら一つのアイテムをまとめて作るそうで、馬蹄形の小銭入れを製作中でした。ということで、ショーケースにこの小銭入れは一色が僅かにあるだけで、
「好きな色がなくてごめん! 今作っているこれは、色を塗って乾かして、出来上がるのは明後日だね」

友人はご主人の還暦祝いにと、メガネケースに刻印を入れて貰っていました。素晴らしいプレゼントゲット、いいですね〜

☆   ☆   ☆

フィレンツェには何世紀も変わらずに続けている工房も、近年なって立ち上げた工房も、実に様々なものがあります。

日本の伝統工芸もそうですが、引き継ぎ手の不足、職人の高齢化という現実は、このフィレンツェでも同じです。後継者がいなくて工房を閉じてしまう。実際、希望を出した額彫り職人さんの工房が3年前に閉じてしまっていて見学叶わず、ということも。

ガイドさんが他の額彫り工房を見つけてくれました。
「忙しいからちょっと見るだけなら」
とOKしてくれた工房があったのですが、相当お忙しい時期だったようです。
残念ながら工房に入ることはできませんでした。でも、外から見たその様子にはもの凄く心惹かれるものがあり・・・ 
4日目午後 工房巡りの半日_d0133320_21324467.jpg
お店の外から撮影だけ。

どの工房でも、マエストロの腕と技で美しいものが丁寧に時間をかけて作られ、デジタルとは全く無縁の光景、昔ながらの作業環境、道具、手法。それらを長く大切にしてきた様子がとてもよく伝わってきて、強く印象に残る工房巡りでした。
訪ねてみたいところはまだまだあるのです。絹織物や刺繍やレースや家具作り・・・ いつかまた行けますように!

# by moonlight_ts | 2018-10-23 22:00 | 旅あちこち

4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて

ロストバゲッジというハプニングがあったため、現地1日目のスケジュールがどこかへ行ってしまいました。そして、2日目はアッシジに足を伸ばしたので、フィレンツェ観光はこの日初めてのようなもの。加えて、フィレンツェ最終日です(あれれ・・・)

観たいものはあちこちたくさん! 効率よく廻りたいけれど、何よりも時間が無い!
そんな状況でしたが、ドゥオーモのクーポラを登り、あのドームの部分がどんな風に二重構造になっているのか見学したい、と、朝一でドゥオーモへ行きました。

使用し始めて72時間以内は、72の美術館や宮殿に予約・行列なしで入場することのできるフリーパス『フィレンツェカード』。これをあらかじめ日本で購入してあります。窓口でのチケット購入や行列にはほぼ無関係です。
“遠くから訪ねる観光客にはありがたいことよね♪”
4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_23050153.jpg
スマホに入れたフィレンツェカードには入場毎に訪問先が記録されてゆきます

ところが、入場はできてもクーポラに登るチケット(知ってはいたのですがその場で買えると楽観していました)が、木曜日までsold outとのこと! この日は火曜日です。
あぁ、とてもとても残念!!

それならば、とジョットの鐘楼に登ることにしました。元々、皆さんクーポラか鐘楼か、どちらに登るか迷うところなのです。鐘楼からは間近にクーポラを観ることができるのですから、こちらも期待大です。
4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_01462256.jpg
白=信仰 緑=希望 ピンク(赤)=無償の愛、隣人愛
イタリアの国旗の色でもあるこのカラーの大理石が使われたゴシック様式の建築

白、ピンク、緑の大理石で長い年月をかけて造られたドゥオーモやジョットの鐘楼の存在感は半端ではありません。
ジョットの鐘楼は高さ84m。狭い階段を414段上がっていきます。途中、いくつかある小窓から、今いるのがどのくらいの高さか確認でき、その光景になんだかワクワクしてきます。
4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_01394803.jpg
階段は狭く長くて急 擦れ違うのはギリギリです
明かり取りの窓からの景色にホッと一息

かなり登ったと思ってもまだまだある階段に、少々くたびれました。日々の運動不足を思い知らされる時です。途中、二箇所ほどの踊り場があり、この憩いの場で元気を取り戻して、最後の一踏ん張り! 

鐘楼の上はグルリと回れてフィレンツェの街を360°見渡すことができます。
4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_00180308.jpg
メディチ家礼拝堂やリッカルディ宮殿が

4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_00254879.jpg
ヴェッキオ宮殿やウィフィッツィ美術館、遠くにミケランジェロ広場が

4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_00235358.jpg
レプッブリカ (共和国) 広場が・・・

“天井のない美術館”と言われるフィレンツェの赤い屋根瓦の美しい街並み。観ていると、安野光雅さんの絵本『旅の絵本』が思い出されました。

そして、何と言ってもこちらの眺め。クーポラがすぐそこに。
ジョットの鐘楼を登る醍醐味ここにあり、です。
4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_01312273.jpg
4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_01312611.jpg
クーポラ展望所にも観光客が到着し始めたようです

ブルネレスキの設計で1463年に完成したというレンガの積石造りのクーポラは、今尚、世界最大級を誇っているとのこと。それをこんなに間近に観ることができた喜びは、この建物と同じくらいの迫力となって心に残りました。

☆   ☆   ☆

後ろ髪を引かれる思いをわずかに抱きつつ、サン・マルコ美術館へと足を速めました。フラ・アンジェリコの「受胎告知」のフレスコ画は、この場所に行かなくては観ることができないもの。元々が修道院である、ここの中庭も美しいと聞いていました。
4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_01570538.jpg
入ろうと扉を押し開くといきなり教会の中。美術館はどこ?と少し戸惑っていると、同じように入口を探している日本人観光客のご夫婦に会いました。教会と美術館と修道院・・・ちょっとゴチャゴチャになります。

が、サン・マルコ美術館は本来がサン・マルコ修道院で、修道院であった一部が美術館として公開され、サン・マルコ修道院に縁の深い美術品が展示されているのです。
中に入ると、あの美しいサンタ・トリニータの中庭にしばし心を奪われます。
4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_14495883.jpg
回廊の壁に描かれているフレスコ画もどれも綺麗で心和みます。
ゆっくりとこの場の雰囲気を味わいたいけれども、気持ちは先へとはやってしまい… 1階に展示されているものを観ながら巡っていき、とある角を曲がると・・・
4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_02185607.jpg
階段の上で、あの『受胎告知』が柔らかな光りの中で輝いていました。

階段を1段上がるにつれ、崇高な絵が近づいてきます。場面の中に吸い込まれそうな感覚。この幸せな興奮は、本物を、あるべき場所で出会えた時に感じるものかもしれません。
4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_02213333.jpg
美しく高潔で優しい表情、ソフトな美しい色合い、そして、天使の翼の虹色にしばし見とれます・・・

フラ・アンジェリコはここの修道士でしたが、修道院の修道士たちが寝泊まりしていた僧坊や図書館が残されています。
4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_14360189.jpg
ひと部屋は10畳もないくらいの広さに小窓が一つ

4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_14425043.jpg
各部屋に違うフレスコ画が描かれており、ほとんどがフラ・アンジェリコやその一派の手によるものだとか。どれもこれもが美しく安らかで、心穏やかな世界に導かれる思いです。

人格者として名高かったフラ・アンジェリコの本名はグイード・ディ・ピエトロ。フラ・アンジェリコのフラは『修道士』、アンジェリコは『天使のような人』。つまり、『天使のような修道士』と呼ばれていたということになります。フラ・アンジェリコが描く絵は、彼の人柄の現れ、なのですね。

この場、この部屋、今歩いているこの廊下、当時の人々と同じ空間を共有できた感動でいっぱいになりました。

☆   ☆   ☆

午前の最後の行き先に選んだのは、イタリア芸術の巨匠たちの作品が多数展示されている ウフィツィ美術館です。ここを見ずして帰れません。

予約専用入口でフィレンツェカードカードを見せればすぐに入れる、と聞いていたのですが、甘かったです、、。当日チケットの行列はもっと凄いですが、こちらの専用入口も、電話やネットで予約している人、フィレンツェカードを持っている人で一杯なのです。

一体どのくらい待たされるのか?と思っていたら、どうやら100人単位くらいで入れていっているようで、動くときは一気に前進です。それでも、30分は待ったかと。
4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_15104681.jpg
入場したらしたで、広くてわかりにくくて、お上りさんの私たち、チケットもぎりの受付に行くまでに迷いました(汗)

さあ!いよいよ名画の数々とのご対面です。2階と3階に展示室があるのですが、3階だけでも部屋が44部屋に分かれています。2階を入れると一体何部屋なの?ですが、これを全て回ると1日がかりとか。

私たちに与えられている時間は2時間弱でした。本当に観たいものだけ、ほぼ駆け足状態での鑑賞です。

廊下は広くて彫刻が置かれ、天井附近にはビッシリと肖像画が並んでいます。当時の人々が画家に依頼して描かせたそれは“夥しい”数だったことでしょう。そして、東西を問わずですが、建築や内装の豪華で緻密なことには本当に驚嘆の言葉しかありません。
4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_15271949.jpg
ザザザーッとルネッサンス以前を観てからは、待合せ時間と場所を決め、各自で観たいところを観たい時間配分で回りました。が、“やっぱりね♪ここは観るわよね♪”というところ多く、そこはやはり似た感性の者同士だったようです。
4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_19322809.jpg
レオナルド・ダ・ビンチに影響を与えたというフィリップ・リッポの『聖母子と天使』

そして、あまりに有名過ぎるこの2点が想像していたより大きく素晴らしく、見惚れるしかありませんでした。
4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_19562353.jpg
ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』

4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_19452057.jpg
同じくボッティチェリの『春 (プリマベイラ)』
この2点はやはり凄い人気で観客の壁ができますがスッと人が引くこともあり・・・

4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_20204172.jpg
記念撮影もできてしまいます!

4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_20364211.jpg
レオナルド・ダ・ヴィンチと師匠であるヴェロッキオとの共作『ヨハネによるキリストの洗礼』

ヴェロッキオ工房で修業していた若きダ・ヴィンチが任されたのが、左端の天使ですが、私たちが見てもその違いは歴然です。師匠は弟子のあまりの腕前に感嘆して筆を折り、絵画から彫刻に転向したのだそうです。

4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_20370931.jpg
レオナルド・ダ・ビンチの『受胎告知』
こちらはダ・ヴィンチが20歳頃から30歳頃までに、ほぼ単独で描いた事実上のデビュー作。

そして、次々と見覚えのある作品、見ておきたい作品が怒濤のように・・・ ウィフィッツ美術館所蔵の珠玉の数々が凄すぎます。メディチ家の力が凄すぎます。下の3点も宝物ですね。

4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_21222284.jpg
フィリッピーノ・リッピ『幼児キリストを礼拝する聖母』
ミケランジェロ『聖家族』
ラファエロ『ひわの家族』

下の肖像画はラファエロの肖像画の中で唯一夫婦揃った肖像画で『アーニョロ・ドーニの肖像』『マッダレーナ・ドーニの肖像』。妻は『モナ・リザ』と同じポーズをとっています。景色や柔らかなグラデーションなどレオナルド・ダ・ビンチの影響を色濃く感じられるものです。
4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_21222820.jpg
ティッツイアーノ『ウルビーノのヴィーナス』
挑発的な女神に対し、家具から衣装を必死に探すメイドがおすすめの見どころ、だそうです。

本当に膨大な素晴らしい作品がこれでもかと並ぶウィフィッツ美術館ですが、絵画はこの辺りで・・・
4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_21230640.jpg
もちろん、彫刻の部屋もいくつか


そして、こちらは特別室。『トリブーナの部屋』といってメディチ家の傑作コレクションが飾られた八角形の部屋になっています。ここは室内には入れず、3カ所の間口からの鑑賞になりますが、それは見事な設えでした。
4日目午前 フィレンツェの至宝の数々を訪ねて_d0133320_19261818.jpg
限られた時間の中で沢山の部屋を次々と回り至宝の数々に刺激を受け、至福のひとときを過ごしたフィレンツェの朝でした。



# by moonlight_ts | 2018-10-18 22:01 | 旅あちこち
line

いとしきものたちとの日々は毎日が特別な日♪


by moonlight
line
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30